ランナーズハイ

日記帳 — admin @ 11:05 AM

ジョギングが趣味の私。
綺麗な景色をながめながら、新鮮な空気を吸って無理なく走るジョギングは気持ちのいいものです。

最近お気に入りのコースは、海辺のサイクリングロードを走るコースです。
夕日が落ちる時間になると、水平線に沈んでいく夕日と空が色を変え美しいグラデーションを魅せてくれます。
とても心が癒される時間です。

今はただ、楽しんでジョギングに励んでいますが、学生時代は競技としてやっていたので、楽しむと言うよりもトレーニングとして「耐える」という感覚で走っていました。

毎日の厳しい練習に耐えて与えられたメニューをこなし、0.1秒でもタイムがあがるように、トレーニングに取り組んでいました。だから「きつい」とか「苦しい」と言う気持ちとの戦いで、自分との戦いでしたね。

そんな厳しい練習の中で私が最も得意だった練習メニューは「ペース走」でした。

10kmのコースを走る中で、1km毎にタイムを計測し、始めはゆっくりペースから、徐々にペースをあげていくのです。
始めは1キロ5分のペースから、最終的には1キロ3分半くらいまであげます。
最後の1キロは、ペースも速いし疲労感も溜まっているし…毎日、死に物狂いで走っていたのを思い出します。

ペース走では不思議な現象が起こります。
途中、一番苦しい6~7キロ地点を乗り越えた時に急に体が軽くなり、今の今まであんなに苦しかった呼吸が整い、きつくなくなります。そして、空の上を走っているかのような夢心地になるんです。その瞬間、すごく気持ちがいいんです。

あぁ。これが「ランナーズハイ」って言われるものなのかな。と思った瞬間でした。

その現象は、ラスト1キロまで続き、ラストはタイムトライアルとなります。
今までみんなで徐々にペースをあげて、ペースを守って走ってきた中で生き残った先頭集団は、ラスト1キロでラストスパート。残る全ての力を振り絞って競いあいます。

これが、「死に物狂い」です。
ゴールした時の達成感と解放感は、言葉にならない幸福感です。
それも含め、ランナーズハイなのかな。

今考えたら、貴重な体験をしたなぁと思います。

貴重な体験かどうかは分かりませんが、こんな怖い思いをしたこともあります。
それは、川辺をジョギングしていた時のことです。
その日は夏で、雨こそ降っていませんでしたが、今にも降り出しそうな怪しげな雲ゆきの日でした。
ですが、夏はそんな日の方がむしろ暑さが緩和されて走りやすいので、私は構わずに走っていました。

ちょうど橋の下を通りかかった時、急にまばゆい光と共にドーンという大きな音。
そう、私が走っていたところのすぐ近くに立っていた気に雷が落ちたのです。
私は思わずしゃがみこみ、しばらくその場から動けませんでした。
幸い何事もありませんでしたが、こんな日にジョギングするのは危ないんだなと初めて知りました。
ジョギングする時も、何らかの落雷対策を考えておいた方がいいのかも知れませんね。

友達

日記帳 — admin @ 10:56 AM

中学三年生の時の話。
中学に入学してから生まれてはじめて「ヤンキー」と言う人種に出会いました。
目立つ顔立ちだった私は、入学当時からその「ヤンキー」に目をつけられ喧嘩を売られるようになりました。負けず嫌いの性格が悪さして、売られた喧嘩は買いました。するとヤンキーたちは「気に入った」と仲間入りを誘います。そしてヤンキーとの付き合いが始まったのです。

古くからの友人との付き合いが深かった事もあり、ヤンキーの仲間には加わりませんでしたが、中にはヤンキーの餌食になる人たちもいて、中学三年生のクラス替えで同じクラスになり出会った「マミちゃん」も、その一人でした。これまで2年間ヤンキーの餌食になってきたけど、このクラス替えで別々になった事を機に距離を置きたいから仲良くして欲しいと言う事で友達になったマミちゃんとは、いい友達関係が続きました。

昼食も一緒に食べ、プライベートでも一緒に遊んだし、学校内でもいつも一緒でした。しかし、当時の担任の先生がマミちゃんの事を問題児として見ていて…私の事は「まだ救いようがある子」だけど、マミちゃんは「救いようのない問題児」だから、あの二人を引き離して、早めに私の事を救い出そうと言う計画がクラスで執行されていた。
私はそんな事とも知らずにいたのですが、結局はマミちゃんを傷つける事になってしまったのです。

ある日から、クラスの優等生軍団が私の所へ来て、今日から私たちと仲良くしましょうと言うのです。友達が増える事が嬉しかった私は、マミちゃん以外にどんどん友達を増やしていくのです。そしてクラスの中で、どんどん人気者の地位を獲得してくのです。その度にマミちゃんはクラスに居場所がなくなるのが分かっていました。だけど、マミちゃん一人をかばって自分が傷つくのが怖かった。結局私は先生の作戦とも知らずにマミちゃんを見捨てたのです。

その後、友達も居場所もなくなったマミちゃんは、どんどんグレていきました。
休み時間になると他のクラスのヤンキーの元へ行き、学校に来る回数も減って来ました。

後で聞いた話、マミちゃんは母子家庭だった事、そしてその生い立ち上の見解で先生はマミちゃんを見捨てて、私を嘘の友情で釣って祭り上げた。
結局私は、先生の作戦に踊らされて本当に大切な友達を裏切ってしまった。

これは一生引きずる問題で、謝っても謝っても謝りきれない問題です。
この話の真相が分かった時、どれだけ辛かったか。自分が犯した罪の深さが、時と共に重く深く刻まれて行きます。

マミちゃん、きっと今でも私を恨んでいるでしょう。
もし叶うことなら、いつかあなたに謝りたいです。

若かったあの頃、友情の意味さえ分からなかった。ただみんなに好かれたかった。人の気持ちなんて考えてなかった。ただ自分の居場所を探すのに精一杯だった。

初めて友情を裏切ってしまった私の苦い思い出。
この事はずっとずっと胸にとめておきたいし、二度と人の心を傷つけないようにくりかえさないようにこれからの人生を歩んでいきたいです。

八重歯

日記帳 — admin @ 5:46 PM

私は生まれつきアゴが小さくて、シャープな顔立ちです。

「顔が小さいね」と言われるのは嬉しい事ですが、なんせ歯並びが悪い。
下の歯並びは綺麗に並んでいますが、上の歯並びは八重歯が邪魔してガタガタです。
前歯2本はいたって普通ですが、八重歯の内側の二本が奥に入って段が出来ている感じ。
それが、昔からのコンプレックスです。

「八重歯」が可愛いと言う友達もいたり、最近は八重歯ブームでわざとに八重歯を付ける人もいるらしいけど…私は、八重歯がいいとは思いません。
歯並びのいい八重歯は可愛いと思いますが、自分の八重歯は可愛いと思えないからです。

幼い頃、歌手のお姉さんの八重歯を見て「可愛い」と思った私。お姉さんに「何でそんな所に歯があるの?」って聞いたのを覚えています。お姉さんは恥ずかしそうに「これは八重歯よ。」って教えてくれました。私も八重歯が欲しいと母に言った記憶があります。お姉さんは「八重歯なんて無い方がいいよ」と言ったのが不思議でした。

そして大人になった今、自分の八重歯を見て自分が望んだ八重歯だけど、あの時お姉さんがどんな気持ちで「八重歯なんてないほうがいいよ」って言ったのかが分かります。

人間は無い物ねだりです。

欲しかった八重歯が手に入ったら美しい歯並びに憧れ、美しい歯並びだったら八重歯に憧れるものなのかもしれません。
30年付き合ってきたこの「八重歯」にも愛着がない訳ではありませんから、出来ればこの八重歯を残して歯並びを良く見せるために歯の矯正が出来たらと思っています。

しかし、仕事柄矯正の器具が見えるパターンは難しいので、目立たない矯正をするとしたらすごく高額のお金がかかると言う事。今はお金を貯める事に努めます!

筋トレ

日記帳 — admin @ 3:39 PM

学生時代は、毎日腹筋・背筋600回ずつ、ハードな筋トレに励んでいました。
その他にも、雨の日は外でのトレーニングが出来ないので、室内トレーニングとして腹筋・背筋以外に校舎の階段を使って、階段の駆け上り20往復なんてメニューもこなしていました。
おかげで腹筋も背筋もバランス良く筋肉がついていてウエストも綺麗に絞れていて、素晴らしい体(プロポーション)でした。

しかし、スポーツから引退して20歳を越えてから…
筋力も衰え、筋肉が脂肪に変わっていって、体の肉のつき方が変わってきたのが分かりました。食べても食べても太らなかった学生時代。引退して、ハードなエネルギーの代謝がなくなっても食欲は変わりません。すると、食べたら食べただけ太ります。
当たり前ですが…これではいけないと思って、筋トレだけでも続けないと、どんどん体が衰えていくばかりです。

しかしスポーツを引退してからの筋トレって「こんなにキツかったっけ?」と思うほどきつい。試合も大会もない、目標のない筋トレでは、ついつい怠けてしまいます。

そうして迎えた30歳。
昔鍛えていただけあって、他の30歳と比べたら綺麗な体だと思います。
しかし、完全に筋肉が脂肪に変わってしまって、昔の引き締まったボディーはどこにもありません。

それでも体力だけは自信があった私。
先日友人のマンションに忘れ物をして、急ぎで取りにいく際「階段の方が早い!」と思った私は会談の駆け上りに挑戦!7階の友人宅まで走りました。
1階・2階と余裕でしたが、5階で足が震えだし、7階まで走る事が出来ませんでした。そして、あろう事か7階の踊り場で足が絡まってこけてしまいました。

転倒したのなんて久しぶりでした。
あまりの自分の体の衰え様にびっくりしました。

今日から、また筋トレはじめます(笑)

青春の一頁

日記帳 — admin @ 7:35 PM

部屋を掃除していたら、中学生の時に友人たちと行っていた交換日記ノートが出てきた。
そこには当時の恋愛事情が赤裸々に綴られていて、とても恥ずかしいものだった。

みんな恋をしていて恋愛に夢中だったあの頃、手をつなぐと言う事すら初めてで、小さな事でキャーキャーいって騒いでいたのを思い出す。
好きな人の気をひくために、手作りのお菓子を作って積極的に渡す友達もいれば、好きになったら即直球ストレートで何度でも告白するチャレンジャーもいた。私は奥手で最後まで思いを伝えられなかったな。

なんだか懐かしい。

元々交換日記は実名で綴っていたんだけど、学校では交換日記を狙った盗難が流行り、好きな人がバレてしまうと言う事件が発生しだしたので、二冊目からは好きな人の名前が仮名(キャラクター名)になっている。
私の好きな人は、当時流行ったキャラクターで、男の子がギターを弾いている「ポロリン」に似ている男の子だったので「ポロリン」に決定。
みんなそれぞれバラエティーに富んだキャラクター名が付けられた(笑)

そんな中、私達の交換日記が盗まれる事件が遂に勃発。
あの時は焦ったなぁ。
ま、キャラクター名にしてるし大丈夫だろうと思っていたけど、翌日学校に行くと好きだった男の子が「ポロリン」と呼ばれていた。

何故バレたのか…
もしかしたら試されているのか…

焦る心を押さえて平然を装ったけど、今考えたら逆にあの時は好きだって伝えていたら、チャンスだったかもしれませんね。
学生時代にもう一度戻れるなら、素直になると言う事を知った今現在の私のまま、もう一度やり直したいです。

久しぶりに昔の記憶が甦って、「赤い実はじけた」瞬間の甘酸っぱい純粋な気持ちを思い出しました。いまでも友達との友情は続いてますが、みんなそれぞれあの頃好きだった人とは別の方と結婚し家庭を築いています。

今度集まるときは、この交換日記で一花咲きそうです☆

いい経験をした大学時代

日記帳 — admin @ 12:26 PM

私は大学時代、生まれて初めて彼氏ができました。
相手は一つ上のクラブの先輩で、とても優しい人でした。

付き合いも長くなった頃、彼が高熱で倒れました。
もちろん私は彼のマンションに泊まり、看病をしました。
誰かを看病するなど、生まれて初めてのことでした。
当時一人暮らしをしていた私は、その後彼の家で過ごすことが多くなり、
気がつけば半同棲状態でした。
もちろん親には友達のところにいるとウソをついて・・。
この幸せはずっと続くものだと思っていました。

当時は、お互い結婚も意識していました。
しかし相手は一つ上の学年。
私よりも先に就職し、卒業してしまうのです。
彼は早くに大手の会社に就職が決まりました。
彼は地方の出身でしたが、大学近くでの就職を希望してくれていたので、
就職しても今までと同じように会えると信じていました。

しかし私の計画はすぐに崩れ去りました。
彼の赴任先は、実家近くの店舗になったのです。
私は目の前が真っ暗になりました。
しかし彼との結びつきは強いと思っていましたし、
落ち着けばいつか迎えにきてくれると信じていました。

そして4月になり、遠距離恋愛が始まりました。
当時、携帯はなく、連絡手段はポケベルと電話でした。
彼の仕事が始まるまでは、一日に何度も連絡を取っていました。
私はそれだけで満足し、自分の就職活動も真剣に取り組んでいました。

しかし彼の仕事が始まると、状況が一変しました。
彼の帰宅は毎日午前様で、ほとんど連絡もなく、急速に私たちの距離は離れていきました。
しかし時々くれるメールや電話を信じ待っていた時、
いきなり彼から別れを告げられました。
私は目がテンになりました。
そんなことは絶対にないと信じていたからです。

彼の話を聞くと、3月末からの同じ会社の研修で知り合った気の合う女性がおり、
その人と付き合うことになったので別れてほしいということでした。
3月末というと、まだ私と毎日楽しくメールをしていた時期。
私は知らないうちに浮気され、その女性と天秤にかけられていたのです。

浮気され、別れることになるなど、
私の頭の中には全くなかったので、最初はもちろん拒否しました。
しかし数日たって、彼のことがつまらなく思え、別れることにしました。

今思えば、いい経験をさせてもらったと思うことにしています。

そんな彼とはもう連絡を取っていませんが、
クラブの同級生から聞く話によると、会社設立をしていまは独立をしたそうです。
あれから、もうどれだけ時間が経ったのか…。
あの時の女性と結婚しているのかさえもわかりませんが、
すっかり知らない世界にいる彼のことを思い、つい思い出を綴ってしまいました。
もちろん、今となってはただ懐かしい、それだけですよ。

マクロビオティック

日記帳 — admin @ 2:54 PM

数年前に大ブレイクした「マクロビオティック」
玄米菜食的オリジナル食スタイルですね。
少し学んだ事があり、興味深い事を沢山教わりました。

野菜にもプラスとマイナスがあって、体を温める野菜、体を冷やす野菜があり、
自分の体調に合わせて摂取することで体調や病気の改善がみられると言うことです。

熱が高ければ、体を冷やす野菜を摂取し、
やはり冬野菜は、体を温める野菜が多く、
夏野菜は体を冷やす野菜が多かったり、
その理論が納得できるものばかりで、面白かったのを覚えています。

古くからの薬膳では、解熱のためにお豆腐をつかったり、
こんにゃくで湿布をしたり…どれも、とても効き目があると言うことでした。

確かに昔はお薬に頼れなかった時代。
人々はこうして傷を癒したんだなって、その知恵に感心しました。

一番驚いたのは、畑の肉「大豆たんぱく」です。
菜食主義者にとって貴重なタンパク質、その多くは大豆食品から摂取するのですが、
この「大豆たんぱく」は、お肉に変身する魔法の食材です。

お肉料理のレシピそのままに、
お肉の部分を大豆タンパクに変えるだけで、肉料理に変身。
材料は100%大豆ですが、これがまるでお肉のような食感と質感なんです。
これで、からあげやハンバーグ、カルビ丼、しぐれ煮、酢豚など、料理の幅も広がります。
お肉は重すぎる印象でも、大豆タンパクなら胃に負担無く美味しくいただけます。
全て植物性なので、後片付けも簡単。
油の質がサラサラで洗い物もすっと落ちます。
お肉料理の脂はギトギトなので、それだけでも違いが分かりますね。

病気で、高カロリーな食事を制限されている方には、
低カロリーで美味しく食べれる大豆たんぱくはおすすめです。
今流行のメタボさんにもオススメしますよ☆

色んな食事療法を学びますが、やはり日本食って素晴らしいですね。
旬のものを旬の時にいただく事が一番体が喜ぶ気がします。
旬の食材を、素材を活かした一番美味しい食べ方で魅せてくれる日本料理には脱帽です。
日本に生まれてよかったなーといつも思います。